大宮の氷川神社

氷川神社は、旧大宮市にあります。
この地域の歴史を語る際に、氷川神社はなくてはならない場所でもあります。
位置的には、大宮公園のすぐ横に、また北大宮駅が最寄りの駅となっています。

また、氷川神社は、主に埼玉県近辺におよそ200社あるといわれていますが、その中でもこちらの氷川神社は、その総本社となっています。
また、地理的な見地で説明しますと、地図上では富士山と筑波山を結び、浅間山と冬至の日の出を結び、そのクロスした地点が、大宮市の氷川神社の位置するところともなっています。
さらに、中川の中樋川神社、三室の氷川女体神社の三社を合わせて、男体社、女体社、簸王子社として、大きくひとつの氷川神社を成り立っていたのではないかという説も存在しています。

また、大宮という土地の名称は、「大いなる宮居」と崇められたことから来ているとされています。
正月の初詣客は、毎年200万人以上の人が訪れて、参拝者の数は全国10位の中にランクされています。
時代の変遷とともに、主祭神が変わっているとも言われていますが、現在は須佐之男命、奇稲田姫命、大己貴命の3柱となっています。

それにしても、大宮市の氷川神社にまつわる、さまざまな説がたくさんあります。
その創建、祭られている主祭神、一宮と三宮説、また、この神社が位置する場所の由来。
また、歴史上でよく知られる人物がこの神社に祈願をしたとされるいい伝えもあります。

例えば、平安時代に平貞盛が平将門の乱の前に、この氷川神社を訪れて、戦勝祈願を行ったとされています。
この乱で成功を収めたことで、氷川神社は分社が多く建設されて、この一帯の地域に広く伝わりました。